【共感の嵐】あなたにも忘れ得ぬ人がいる【ミスチル/忘れ得ぬ人】歌詞考察

Mr.Children
こんな曲
  • 老人と海、みたいな曲
  • 大人ならでは
  • リスナーはメロディで誤魔化されている
  • 小林武史に向けられた曲って本当か?

今回は愛すべき名盤「REFLECTION」から忘れ得ぬ人の歌詞を考察していきます。この曲は僕がREFLECTIONの中で一番好きだった曲です。というのも、メロディがあまりにもバラード好きに突き刺さりすぎる曲だからです。

ただ歌詞をじーっとみていくと、「んん、なるほど」というある意味、幻滅にも似た感情が込み上げてきます。

ということで、考察していきます。

忘れ得ぬ人の歌詞と改めてじっくり聴いてみた感想

歌:Mr.Children
作詞:KAZUTOSHI SAKURAI
作曲:KAZUTOSHI SAKURAI

どうしたら説明つくだろう?
君に そして自分自身に
まるで理想通りの美しさをすぐ目の前にして

寂しさに打ち勝とうとして
誘惑を目の敵にして
頑な自分とさよならできるそのチャンスが来たのに

甘く切なく響く 君が弾くピアノのコードに
ひとつの濁りも無く
優しく僕を包んでくけど

何してたって頭のどこかで
忘れ得ぬ人がそっと微笑んでいて
憧れで 幸せで 僕を捕まえ立ち止まらせる

誰一人として近づけないくらい
忘れ得ぬ人が胸を濡らしていく
心の岸辺で僕は今日も待ってる

君の望み通りに
卒なくこなす僕もいる
何食わぬ顔をして満足げに振舞えるだろう

本当はその方法が正しい道かもしれない
きっと後悔もするんだろう
だけどその手を引き寄せはしない

愚かだって自分で解っていても
忘れ得ぬ人が心に生きていて
優しさで 厳しさで 僕を抱きしめ立ち止まらせる

歳を取って自由をもがれても
忘れ得ぬ人だけが心にいる
その日が来るのをどこかで願ってる

何してたって頭のどこかで
忘れ得ぬ人がそっと微笑んでいる

改めてじっくり聴いてみた感想

改めてじっくり聴いてみた感想ですが、

  • この曲って自己中な男の歌?
  • いやストーリがーあんまり感じられない
  • others聴いた後だとエロさにも欠けるな
  • ミスチルにしては、そんなに印象に残らないかも
  • ただメロディは圧倒的に良い

という感じでした。

歌詞をよく見れば見るほど、新しさはあまりない。渇いたKissを聴いた時の方が衝撃的だったというのが本音で、最近だとothersを聴いた時の方が「すげえ」と思いました。

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【この曲の肝】「僕」は何を誰に、なぜ説明する必要があるのか?

まず冒頭、

どうしたら説明つくだろう?

から始まります。

一体、誰が誰に何をなぜ説明する必要があるのか。それを上の図で表しています。ちなみに、この曲の冒頭以下は全て、「僕」から「君」への「忘れ得ぬ人」に関する説明になります。

太宰治の走れメロスって「メロスは激怒した」から始まりますよね。

それを彷彿させるようなレトリックです。

「君」は「僕」に取っての誘惑で寂しさで、優しくて、目の前にいる

花より男子でいうところの「花沢類」です。

この曲の主人公は男ですから、君は女なんでしょうけど、イメージではそんな感じの女性です。

要は寂しい時はいつでもそばにいてくれて、ピアノを弾いてくれて、そしてまたその音が自分を優しく包んでくれるような、そんな甘くて優しくて、目の前にいる女性です。

つまりもう自分が手を伸ばせば手に入る女性です。

僕が、記事の最初で「リスナーはメロディに誤魔化されてる」と言ったのはこれが理由です。

もしあなたが「君」だったら、それでも本当にこの曲を名曲だと思うか?

あなたがこの主人公を好きだったとして、色々尽くしているし、たまにはこの主人公も自分に優しくしてくれて、彼氏面なんかしてみることもあるわけです。

でも、

「実は忘れ得ぬ人が・・・」

と、言われて、あなたはそれでもこの曲を名曲だと感じますか?というお話です。

メロディがあまりにも切なくて、美しい曲だから酔ってしまいますが、その実、この曲は誰か一人が傷付いている曲と言うこともできるんですよね。だから全くの部外者からすれば名曲なんですけど。w

「忘れ得ぬ人」は「僕」にとって憧れで幸せで、優しさで厳しさで一生頭から消えない

「君」には絶対に勝ち目がない状況ですよね。

これはまさに

まるで理想通りの美しさをすぐ目の前にして

この部分。

ついでに

誰一人として近づけないくらい
忘れ得ぬ人が胸を濡らしていく
心の岸辺で僕は今日も待ってる

「君」撃沈の図。

まあでもこんな強烈な恋ができたら幸せでしょうね。例えば目の前に花沢類的な男がいるのに、ずっと道明寺を追い続けた牧野の気持ち?

ちょっと似てるような気がします。ちなみにこの曲ってハッピーエンドなんでしょうか?

何してたって頭のどこかで
忘れ得ぬ人がそっと微笑んでいる

このラストに答えがあります。

「頭のどこかで」と言ってます。頭の中にしかいないということでしょうか。その少し前には、

歳を取って自由をもがれても
忘れ得ぬ人だけが心にいる
その日が来るのをどこかで願ってる

「その日」とは、忘れ得ぬ人だけが心にいる日ですよね。

とすると、いわゆるハッピーエンドではないけれども、「僕」が望んだハッピーエンドは迎えられることになります。だって、そう願って、「君」の手を引き寄せはしないわけですから。

まさに「STAY~~~♪」

ここで繋がるのか・・・と、これは邪推かもしれませんが。

忘れ得ぬ人は共感はしやすいが、感動は薄い【珍しく評価の低い曲】

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あいみょん作詞作曲の「猫」という曲がありますよね。あの曲はとても良い曲で僕はあいみょんも好きなのでよく聴くんですが、あれは共感はできるけど、感動としては薄いかなと思っています。

理由は、詩としての魅力度があまり高くない。

ストレートで、こちら側が言いたいことがそのままの言葉で散りばめられている。確かに共感はめっちゃできる。でも「こんなの初めて・・・」という感動はあまりない。

共感したい人からすれば100点満点の曲ですし、僕も好きです。

が、詩で感動したい。言葉を深く味わいたい。コンテキストを読み込みたいという文学かぶれの方にはちょっと物足りない感じがします。この忘れ得ぬ人もまさにそれと同じ位置付けだと僕は感じています。

なんでもかんでも「美味しい」という人は信用できない

Mr.Childrenが好きだからと言って、彼らの全曲を「素晴らしい」というのかと言えばそれは違う気がします。全ての料理に「美味しい」と言う人を信用できないのと同じです。

少なくとも僕は信用できません。

別の例えを言えば、誰にでも「愛している」と言う人の「愛している」を信用できますか?と言うのと同じです。僕はMr.Childrenが好きですし、あいみょんも好きですが、全てをノールックで「素晴らしい」とは言わない人間です。

だから嫌いというわけではない。

白と黒の間にある無限の色を僕は感じながら生きています。

忘れ得ぬ人の話に戻ります。

忘れ得ぬ人が小林武史に向けられた曲って本当か?

暗喩である可能性はあるとは思います。

「君」

「忘れ得ぬ人」

「僕」

の3人がそれぞれ誰なのかを考える必要もないのですが、考えてみましょう。

01・第一の登場人物

  1. 忘れ得ぬ人=小林武史
  2. 君=別のプロデューサー
  3. 僕=Mr.Children

これ、んー。まあこれならよく分かります。

しかしこの歌詞の部分が気になる。

君の望み通りに
卒なくこなす僕もいる
何食わぬ顔をして満足げに振舞えるだろう

本当はその方法が正しい道かもしれない
きっと後悔もするんだろう
だけどその手を引き寄せはしない

桜井さんが音楽制作の場で、「満足げに振る舞うことが正しいかもしれない」と思うことってあるんでしょうか?いや多分ないと思うんですよ。

仮に新しいプロデューサーに何を言われても、これじゃダメだとなれば満足げに振る舞ったりしない。と僕は思っています。し多分そうなんだと思います。となった時に、果たして、この3人で本当に合ってるのか?と疑問が浮かんできます。

02・第二の登場人物

  1. 忘れ得ぬ人=小林武史
  2. 君=ファン
  3. 僕=Mr.Children

甘く切なく響く 君が弾くピアノのコードに
ひとつの濁りも無く
優しく僕を包んでくけど

見ようによっては、「君」がファンじゃないとも言い切れない。

君が弾くピアノのコード=ファンの声援

と考えれば、別に納得できる気もします。

「君」=小林武史氏説

君が小林武史だとすると、んー、方向性の違いで解散したということになります。

で、その場合の忘れ得ぬ人というのは、擬人化で、要はMr.Childrenの「夢や憧れ」なのかなと思います。

暗喩である可能性は捨てきれないですが、僕はそれは邪推だと思っていて、むしろ「Starting Over」の方が小林武史さんに向けられたメッセージのように思えてなりません。

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