ミスチルFIGHT CLUBの歌詞は現代にも通じる人間の本質を描いたミレニアムソング【映画を知らなくても楽しめる】

Mr.Children
FIGHT CLUBはこんな楽曲
  • 混沌
  • 人間の本質
  • 「時代」ではなく「人」
  • ミスチルからの誘い

今回は、名盤REFLECTIONの2曲目「FIGH CLUB」の歌詞を考察していきます。現在和久井大学では2週間にわたってREFLECTIONウィークスを実施しています。

昨日の記事はこちら》名盤REFLECTIONより未完の歌詞の意味を徹底考察【あゝ深い】

FIGH CLUBの歌詞とファーストインプレッション

歌:Mr.Children
作詞:KAZUTOSHI SAKURAI
作曲:KAZUTOSHI SAKURAI

99年 ミレニアムを間近にしてナチュラルハイ
世界中が浮足立ってた
そしてお前は ファイトクラブでブラピが熱演してた
イカれた野郎に憧れてた

皮肉で染まった色眼鏡かけて
そこからすべてのものを見下し

仮想敵見つけ
そいつと戦ってた
誰も相手になんかしてないのに
例え敵でも 嫌いな奴でも
ひとりより まだマシだった
孤独がいちばんの敵だった

戻らないぜ 帰れないぜ あのバカらしい日々に
後ろ髪を引かれてみても

「わかってない奴らばっか」と 嘆いては
自分は特別だって言い聞かせた

駐車違反のジャガーのボンネットにジャンプして踊ってた
荒っぽいステップで
まるで路地裏のヒーローを気取って
惨めな気分を踏み潰してた

サイレンの音…
走って逃げた夜

やがて酔いが回り
口にしたすべてを吐き散らかし高笑い
「若かった」で片付けたくないくらい
この胸の中でキラキラ
輝いてる大事な宝物

真の敵見つけ
そいつと戦わなくちゃ
少しずつ怖いもんは増えるけど
死を覚悟するほど まして殺されるほど
俺達はもう特別じゃない

共に今を生き抜こうか my friend

和久井大学のファーストインプレッション

人間の本質が描かれている楽曲のように感じました。

僕は坂口安吾という作家の「堕落論」という作品が大好きで繰り返し読んでいるのですが、まさにそれに通ずるものがあります。

つまりこのFIGHT CLUBは1999年、ミレニアムについてを歌っている曲です。一見すると。

しかし人間というのは時代と共に変わっていくのではなく、人間の表層だけが変わっていくだけで、その本質は何も変わっていない。戦前も戦後も、ましてやミレニアムだろうがなんだろうが、人間というのは本質的にはずっと同じであるということを語っています。

それがたまたま、ミレニアムというイベントのために露呈されただけであるという、僕はこの楽曲を聴いた時にそのように感じました。

人間というのは、そもそも混沌としている生き物なんだ、と。

2サビから最後の「my friend」までが、桜井さんの言いたいこと

とりあえずいったん、1サビから2Bまではおいといて2サビから見ていきたいと思います。

というのも、桜井さんが言いたいことというのは結局この部分に尽きるかなと感じたので。

力を持っている人が正しいとされる世の中なのか、正しいから力を持てるのか

駐車違反のジャガーのボンネットにジャンプして踊ってた
荒っぽいステップで
まるで路地裏のヒーローを気取って
惨めな気分を踏み潰してた

まず2サビです。

駐車違反のジャガー

まるで路地裏のヒーロー

惨めな気分

この歌詞だけから読み解けることを考えてみます。まず、ジャガーというのは高級車です。もっというと、イギリスの高級車です。

なぜあえてジャガーにしたのか。それは多分ですが、「資本主義」の象徴が必要だったからだと思います。

元々資本主義というのはイギリスが発端で、その後世界に広がっていった考え方です。

まるで路地裏のヒーローというのは、資本主義社会で力を持てなかった人間を表しています。資本主義社会で力をもった人間「ジャガーに乗ってるような人間」がちょっとやそっと悪さをしたからって、資本主義で負けた人間が必死に抵抗している気分になっているという描写です。

だから惨めな気分を踏み潰していると言ってるんですね。

もし本当のヒーローならば、悪を退治する時に惨めな気分なんか感じないはずです。

その後の部分も大切。

サイレンの音…
走って逃げた夜

やっぱり、逃げなければいけないんです。

つまり路地裏のヒーローを気取っても、ジャガーに乗るようなまともな権力者には勝てない。だからパトカーという絶対権力の象徴からは逃げなければいけない。

この逃げるには2つの意味があると考えています。

01・本当に悪いことをしたから逃げた

いくら駐車違反していたって、ボンネットを踏みつけたらだめでしょう。ということで逃げた。これはまあ、普通の解釈です。が、多分こうではない。次の解釈の方が自然です。

02・資本主義から目を背けたくて逃げた

つまり、パトカーもジャガーと同様に権力の象徴です。

資本主義では身分を保証されていますよね、警察って。だから資本主義社会でのし上がったジャガーの所有者からも、資本主義社会で身分を保証されている警察官からも逃げたかった。

ひいては、資本主義社会から逃げたかった。

ということを意味しているのではないか、と僕は考えています。

シーンが切り替わり、ボンネットを踏んづけていた人のモノローグの場面

やがて酔いが回り
口にしたすべてを吐き散らかし高笑い
「若かった」で片付けたくないくらい
この胸の中でキラキラ
輝いてる大事な宝物

この曲の主人公もいよいよ歳をとってしまったんですね。

つまり1Aから走って逃げたまでは、このお酒の場で回顧していたということが分かります。

ミレニアムでさ友達が云々、ジャガーのボンネットを踏んづけてやったんだぜってな感じで、おっさんが過去の悪さを自慢げに話していたという感じですね。

で、この歌詞にきて、おっさんはふと思います。

真の敵見つけ
そいつと戦わなくちゃ
少しずつ怖いもんは増えるけど
死を覚悟するほど まして殺されるほど
俺達はもう特別じゃない

あれ、俺ってそういえば、何と戦ってたんだ?

ジャガーを踏んづけたり、警察から逃げたり、色々悪さしたけどさ、それってなんのためだったんだ?

社会について嘆いて、誰かを敵に仕立てて自分が正しいと思っていたけどさ、そんなことって意味なかったんじゃ?

そうか、俺の真の敵は資本主義社会でもジャガーでも警察でもないのか・・・・

じゃあ果たしてこのおっさんの真の敵はなんなのか。

FIGHT CLUBでいう「真の敵」とは一体なんなのか?

じゃあ果たして、真の敵とはなにか?

何と戦わなければいけないのか?

それがなんと1サビに書いてあります。

仮想敵見つけ
そいつと戦ってた
誰も相手になんかしてないのに
例え敵でも 嫌いな奴でも
ひとりより まだマシだった
孤独がいちばんの敵だった

「孤独がいちばんの敵だった」

つまり、実はこの主人公はいまだに「孤独」との戦いを終えていないんです。過去形では言っていますが、結局この「孤独」をどのように解消したのか、書いてありません。

書いてあるとすれば、仮想敵を見つけて、孤独を紛らわすために嫌いなやつとでもつるんだということです。

実は桜井さんはこのことについて「ランニングハイ」という歌詞の中でも言っています。

時代とか社会とか無理にでも敵に仕立てないと
味方を探せない 愉快に暮らせないよ

ランニングハイ Mr.Children

つまり、人間にとっての真の敵とは「孤独」だということです。

孤独を紛らすために人はとにかくマシンガンをぶっ放すかのように常に誰かや何かを敵に仕立てて、孤独を紛らわすために誰かと繋がっていようとします。

もうそんなことはやめよう。

少しずつ怖いもんは増えるけど
死を覚悟するほど まして殺されるほど
俺達はもう特別じゃない

孤独を紛らわすために誰かを敵に仕立てるのなんて、もう誰もがやりすぎていて、そんなことにもはや力はない。そんな人らとの繋がりも希薄で、誰にも注目されない。

もう惨めなことはやめて、正々堂々と孤独と向き合おうじゃないか。

共に今を生き抜こうか my friend

と、ここに帰結するわけです。

SNSの誹謗中傷を見ていても思うことはまさにこれ

結局、桜井さんは人は一人では生きてはいけないということを言っているように感じます。

でもだからと言って、「僕らは孤独を紛らすために誰かを敵に仕立てる必要はない」とも言っています。

SNSとか見てるとすごくよく分かります。

何かネガティブなニュースが出ると一斉に匿名アカウントが叩きに叩いて、知らん匿名アカウント同士が一緒になって叩いて、それで彼らは「仲間」になったような気分になっているんです。

でもそれって、結局路地裏のジャガーを踏んづけているのと同じですよね。

誰を敵に仕立てなくたって、孤独と向き合う準備ができた者同士が応援しあって生きていけばいいじゃないですか。それが仲間ですよね。

それこそが孤独を解消する方法なんじゃないでしょうか。

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