「不幸じゃない。でもなんか物足りない。」そんな日常の原因と解決策

人間関係

以下、僕が個人的にしたブレインストーミングの結果です。

もし現在のご自身に共通している点、似ているような点がありましたら最後まで読んでみてください。

考えられる原因

  • 彼女がいないから
  • 約1年セックスをしてないから
  • 試験の結果がこないから
  • 収入が思うように増えないから
  • 転職を考えているから
  • 親の老後が心配だから
  • 運動不足だから
  • 友達がいないから
  • 絶妙に暇だから
  • 夜寝られないから

反対解釈

  • 欲しいものが何もないから
  • 今が幸せの絶頂だから

その結果してしまう迂闊な行動

  • ゆきずりの恋
  • 買い物
  • 続かない趣味/習い事を始める
  • 胡散臭いセミナーへの参加
  • 夜更かし
  • 悩んでるふり/人生相談

本質的な解決策

  • 死ぬ
  • とにかく身近な人全員にプレゼントしてみる
  • やりたいこと、熱中できるものができるのを待つ
  • 人生とはそんなもんさと割り切る
こんな人に読んでほしい
  • 上記に気になるものがあった
  • なんとなく物足りないので、なんとなく読んでみたい

今回はこのような方に向けた記事になります。

この物足りなさって、虚無感ともなんか違っているような気がします。例えば、失恋。

失恋した後って心にぽっかりと穴があいたような気持ちになりますよね。

でもこの物足りなさってそれとはまた違っているような気がするんです。故に、なんなのか分からない。

故に、この記事を読んで「考えるきっかけ」を作ってみてください。

物足りなさの原因は単純に「時間が余ってるから」説

そもそも論なのですが、切迫した状態にいる人ってこんなことを考える余裕もないと思うんですよ。

なので「なんとなく物足りない」と感じている人、もしくはそれを認知してググってる人って、当然僕もそうなんですけど、時間が余ってる人だと思うんですよね。

つまり暇なんですよ。

ここで重大な失敗というか、この物足りなさを繰り返す人がすることは1つです。

もっとも手軽に熱中できるSomethingを見つけてそれに依存する。

目標に向かって頑張るのは素晴らしいけど、「ちょっと待って」な人も多い

目標を掲げてその実現に向けて頑張る人は素晴らしいと思います。

ともすると、今「物足りなさ」を感じている人は、まさに「熱中できる何か」を探しているかもしれません。

僕もこの記事を書く前は、

熱中できる物を探せば解決するのではないか。

3時間前の自分

とか考えていました。

でもこれって、妥当なように見えて、不当なんですよね。言い方を変えると、「思考の放棄」じゃないですか。

  1. なんか物足りない(時間がある)
  2. 何か熱中できることを探そう(思考放棄)
  3. 飽きる or 終了(①に戻る)

もっと突っ込んで言うと、②の前には「とりあえず」がついてるはずです。

“とりあえずやってみよう。”

時にはこの考えも重要だと思うんですが、この場合の「とりあえず」ってただ思考を先延ばしにしているだけのような気がしてならないんですよね。

なので僕はこの場合に限り、「ちょっと待って」と言いたい。

し、自分にはちょっと待ってと言ってみました。

その結果このようなブログを書いています。時刻は6:28 am

芥川龍之介は「ぼんやりした不安」を理由に自殺した

芥川とか知らんし、という方は太文字の部分だけ読んでいただければ大丈夫です。

これは芥川龍之介が自殺の前に旧友に送ったとされる手記の第一段落の抜粋です。

誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。もつとも僕の自殺する動機は特に君に伝へずともい。レニエは彼の短篇の中に或自殺者を描いてゐる。この短篇の主人公は何の為に自殺するかを彼自身も知つてゐない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。君は或は僕の言葉を信用することは出来ないであらう。しかし十年間の僕の経験は僕に近い人々の僕に近い境遇にゐない限り、僕の言葉は風の中の歌のやうに消えることを教へてゐる。従つて僕は君をとがめない。……

河童・或阿呆の一生 [或旧友に送る手記-青空文庫より]

ちなみに、芥川龍之介はこの手記の中で、「ぼんやりした不安」の正体について阿呆の一生という短編小説の中で話していると言っています。

僕、これ読みました。Amazonでの購入»河童・或阿呆の一生

当時19歳くらいだったのですが、精神がやられたのを覚えています。

普通の人が書く小説ではないというか、文章、文体、内容すべてから芥川の常軌を逸した、狂気が感じられて読んでいるだけでしんどかったです。

さて内容は皆さんに確認してもらうとして、ここにも本質的な解決策があると思っています。

ぼんやりとした不安で人は死ぬ【物足りなさ=ぼんやりとした不安(?)】

最初のブレストで本質的な解決策として、死ぬと挙げました。

その根拠はこの芥川の文章にあります。

ふと思い出したんですね。

もしかしたら芥川が死んだ時って、こういう心境だったのかな、みたいな。

でも僕はMr.Childrenの音楽を聴いたり、好きな女の子から電話がくるだけで嬉しいんですよね。じゃあ、死にたいわけでもない。というか、積極的に健康的に生きていたいとすら思っている。

確かに「終わらす」ことはできますが、解決にはならないという結論に至りました。

人が物足りなさを感じる理由はたいてい「人間関係」「金」「健康」への不満足

最初のリストに思い当たったことがある方に聞きます。

あなたの悩みの系統を大きく大別した場合、

  • 人間関係
    • 恋愛
    • 親子関係
    • 交友関係
    • 仕事
    • 収入
    • 借金
    • 貯金
  • 健康
    • 病気の心配
    • 体型へのコンプレックス

どれに当てはまりますか?

そしてその解決策として無意識もしくは、意識的にやっていることは以下の中にありますか?

  • ゆきずりの恋
  • 買い物
  • 続かない趣味/習い事を始める
  • 胡散臭いセミナーへの参加
  • 夜更かし
  • 悩んでるふり/人生相談

多分あるはずです。

これらは「とりあえずやってみる」と同じ結果を招きます。

僕は昨年に比べて、今年Amazonで2倍以上の買い物をしています。理由は簡単です。

なんか物足りないからです。

物足りないから買い物で補おうとしているんです。

欲求不満なんですよ、僕は。

かといってゆきずりの恋なんて嫌だし、自己嫌悪に陥るようなことはしたくない。だから運動は毎日しているし、勉強も毎日しているし、セミナーには参加しないけど、夜更かしはたまにしてしまいます。

暇そうな人にLINEして人と繋がっているような気になりたい時もありますよ。

この記事読んでる人、みんなそうじゃないですか?ぶっちゃけ。

でも解決しないんですよね。

僕は他人の心情を断言したくない

他人のブログを読んでいて思ったのですが、そのブログの運営者は元教師の割に、決めつけがひどいんですよ。

なんとなく物足りないのはOOだからだ!

だからこうすればいい!

みたいな。

まあだから教師になったんだろうな、と思いましたけどね。

とにかく、この記事では僕があなたに対して結論を出すのではなく、考えるきっかけを作ってもらえたらと思っているわけです。

心情に事実はなく、あるのは解釈だけです。

なので、最後に本質的な解決策として僕が仮定したものを理由付きでご紹介します。

なんとなく物足りない日常を特別な日常に変える本質的な解決策候補

  • 死ぬ
  • とにかく身近な人全員にプレゼントしてみる
  • やりたいこと、熱中できるものができるのを待つ
  • 人生とはそんなもんさと割り切る

まあ、それがこれらなんですが、死ぬという選択肢はもう無くなりました。

というわけでそれ以下についてあくまで仮説ですが、話します。

01・とにかく身近な人全員にプレゼントしてみる

一番手っ取り早く幸せになる方法は、人を幸せにすることだと思うんです。

理由は、喜んでる人、幸せそうな人を見て醜い感情をもつ人っていますか?

他人に対する嫉妬ならまだしも、自分の家族や心から大切に思っている人の幸せな顔って、自分も幸せになりませんか?

しかもその幸せをつくったのが自分なら尚更、幸せじゃないですか?

だからとにかくプレゼントをしまくってみる。

まあ毎日プレゼントされても相手方にも順応力がありますから、反応も薄くなるでしょうし、自分の反応も薄くなるでしょう。経済学でいうところの「限界効用逓減の法則」ですよ。

なので、ほどほどにプレゼントしてみる。

反対解釈にもありますが、もう欲しいものが何もないから「人の幸せを願うフェーズ」にきたのかもしれないです。それって幸せなフェーズじゃないですか。

あくまで仮説ですが。

02・やりたいこと、熱中できるものができるのを待つ

「とりあえずをやめてみる」という勇気が必要な決断になっています。

本当に渇望するものが見つかるまではとりあえず何かをするのをやめる。

じゃあ何すんのって話ですけど、何するんですかね。

って、なった時に自然と、勝手に気の赴くままにやってしまっていることが本当にやりたいことなんじゃないですか?

03・人生とはそんなもんさと割り切る

結局僕らって、膨大な宇宙の中の小さな地球の中の日本という小国家の中の歯車なんですよ。

でもこれって絶望するようなことじゃないと思うんです。

いや中学生頃の僕がこんな文面を見たら頭に血が上ってキレてたと思います。だってあまりにも図星過ぎて、それを認めたくなくて、自分は特別でありたいと思っていたので。

歯車が残した軌跡というのが僕らなんですよね。

僕らもその歯車なんだったら、軌跡は残るじゃないですか。

それって、ある人にとっては特別なものなんですよ。誰にとっても親や先祖って特別じゃないですか。まあ僕に子孫が出来るかは別としても。

だから人生ってそんなものなんだって割り切る。

いやむしろ、それも素晴らしい。愛しき世界なんだって思えたらいとをかしな人生だと思うんです。25歳の冬。

【編集後記】このブログで最後にしたい

2018年6月に自分で初めてブログを開設して、それから月日は流れて現在2020年12月。

この記事を書いている時に、なんか「もうこの記事で最後にしたいな」と思いました。正直。これ以上に本心を綴ったものをこれから先、書けるような気がしないんです。

でもまたどうせ書くんです。

書いてないと生きていられないから。

僕、書いてないと生きていられないんです。