- 周りが結婚し始めて焦っている
- 結婚しろと親に言われて萎えてる
- 結婚はしたいが踏み切れない
- そもそも結婚ってなんのためにするの?
今回は僕の個人的な結婚観についてお話します。
僕は25歳なのですが、ぼちぼち周りにも結婚している知人は存在しています。地元が茨城県ということも関係しているのでしょうかね。もう親になっていたりしている方もおります。
そんな中、結婚どころか恋愛からも遠く離れている僕が素直に思う結婚についてお話する記事です。結婚についてアレコレ考えている方はぜひ読んでみてください。
当記事が解決するお悩み
結論:結婚は金持ちの娯楽【もはやそれ以外で結婚する理由はない】

どうせ離婚するじゃないですか。
あとは普通に結婚している人ってみんなひもじい生活送ってますよね。
男だったらお小遣い制で、遊ぶ金欲しさにマルチ商法とかに手を出してしまう人も僕の周りにはいるんですけど、まあそれは極端な例だとして。
若くして結婚して、まともに夫婦生活を営んでいる人ってかなり少数派だと思うんですよ。
では一体何がまともなのか。
というより、まともな夫婦生活を営むために必要なこと/甘受せざるを得ないことをリストアップしてみます。
- 限られたお小遣い(現実的に月2~3万円)でも幸せになれる
- 頻繁な海外旅行や思いつきで遠出をすることはほぼない
- 食べたいものなど特になく、大体自炊
- 子供が出来たらとりあえず遊んでる暇はなくなる
- 家賃を抑えるためにプライバシーはほぼ皆無になる
リアルなところ、若くして結婚してる夫婦ってこんな感じじゃないですか。
それでもいいんだ!彼女/彼氏と結婚したいんだ!
って言う人が結婚しているんだと思いますが、それって同棲とかではダメなんですかね。
例えば財布は完全に別で、2LDKの家に住んだとします。
1部屋あたりの平米数を土地単価で算出してお互いが個人で負担、共有スペースを折半する。
これならプライバシーは保たれる上に、ひもじい生活を強いられることはなくなりますよね。まあ結婚してもそうすれば良いのですが、たいてい結婚する人って収入を「家族のもの」として計算するじゃないですか。
「家族になりたい」という感情は痛いほどよく分かる
ここまで結婚に対して否定的な意見を言い放った後であれなんですが、僕は愛する人と家族になりたいと思う感情を否定するつもりは一切ありません。
というより、平均的な25歳の男性よりもその願望は強くあると思います。
愛する人と家族になりたいと思うのは至極当然なことです。
が、愛する人と家族になるためにはお互いに絶えず努力をしなければ良好な関係を保持することは難しいですよね。その点、僕は「愛するということ」についてまだ勉強途中だと考えています。
突き詰めれば全てを分かることなんてあり得ないわけですから、どこかで覚悟を決めなければいけないわけです。
しかし「感情」が先走った結婚というのは悲劇を生むだけなのではないでしょうか。
現実的に僕が結婚するならFP2級くらいは取る必要がある
結婚する場合、僕は少なくともFP2級くらいは取らなければいけないと思っています。
理由はやはり資産運用の知識が大切だからです。
なんと言っても子供ね。
僕は子供にお金の面で苦労させたくないんですよ。結婚をしない理由としては恋人がいない次にこれかもしれません。
僕は子供1人につき2,000万円の準備金がなければいけないと考えています。
貧乏というものは連鎖します。これはフィリピンで嫌になるくらい直視してきました。日本でも同じです。経済的に余裕のない家庭で育った子供というのは、選択肢が極端に減ってしまいます。
これをなんとかしたいと思ってはいるのですが、僕にはまだ何も出来ていません。
これは僕の今後の課題です。
と、いうわけでここまでの結論として、感情を優先して結婚したら全体的に不幸になる。
いや本人たちとしては幸せなのかもしれませんが、長い目でみたときに子供に苦労させないか等考えると、やはり結婚は年齢よりも貯蓄額で踏み切るべきなのではないかと考えています。
結婚というのは全てが負債【ファミリーカー、一軒家、式云々】
あと普通に僕が結婚に対して思っていることなのですが、
- ファミリーカー
- マイホーム
- 結婚式、披露宴等
これらって全部負債じゃないですか。
例えばファミリーカーをローンで買ったとして10年乗りました。10年後の資産価値はほぼ確実に下落しているわけですよね。あとマイホームに関しても、建物自体の資産価値は下がりますよね。
土地についてもよほどの土地でない限り、今後の日本で価値が上がる場所なんてないんですよ。
まあ何があるかは分からないので土地については一概には言えませんが、建物、車に関しては完全に負債ですよね。ローンのために働いてるみたいなところありますよ。
あと結婚式。
キャッシュ一括で払える人は挙げればいいと思いますが、それ以外の人はまたこれも負債ですよね。思い出という無形物に対して毎月数万円払うって、すごく滑稽というか、もしそれが壺だったら詐欺じゃん。てなる話です。
重要論点:結婚がしたいのか、家族になりたいのか、なんなのか

世の中をみていると、3タイプの人がいると思います。
- 結婚がしたい人
- 家族になりたい人
- 何も考えてない人
01・結婚がしたい人
まず「結婚がしたい人」というのは100%離婚しますね。
「結婚=幸せ」という企業のマーケティングに乗せられている情報弱者兼思考力0の方があまりにも多いので日本の離婚率は現在38.3%ということになっています。
つまり4組に1組は離婚するわけです。
結婚がしたい人というのは結婚がしたいのであって、家族を作りたいという願望はありません。結婚という手続きに憧れているだけです。なので離婚します。
離婚してもいいと思います。
ただ離婚します。
離婚を前提に結婚します。
02・家族になりたい人
これはよく分かります。
ただお互いがそうなのかは不明瞭です。特に物事をよく考えない人というのは「結婚がしたい」のか「家族になりたい」のか分かっていないケースが非常に多いです。
これがいわゆる「方向性の違い」です。
なのでお互いがお互いと家族になりたいと思っている2人ならば、案外うまくいくのかもしれません。
まあ分かりませんが。
特定の人と家族になりたいのと、たまには違う女性と遊びたいという感情は同居可能ですからね。
03・何も考えてない人
何も考えていない人同士も意外とうまくいくかもしれません。
何も考えてないので何も発生しないからです。
結局、人の決断には多分に感情が影響してくるわけです。その感情というものは、内発的・外発的どちらもあり得ると思いますが、何も考えていない人の場合、内発的に思想が生まれることはないんですよ。
じゃあ、要するに証拠さえ残さなければお互いにとって害はないんです。
あと何も考えていないので、資産運用や子供の云々、全て考えていないが故に悩みもないというメリットをもしかしたら享受している可能性すらあります。
これは意外と羨ましいことですよね。
人は考えてしまう生き物ですから。
運命の人ってただの結果論【全人類が運命の人になり得る】
運命の人って結局、ただの結果論だと思うんですよ。
じゃなかったら運命ってあまりにもイージーすぎませんか?
確率論でしかない出会いとその出会った人の中から1名を選ぶことが運命なのだとしたら、仮に出会う人数を2倍にしたらその1名も変わることだってありえるわけですよね。
そう考えると、運命って所詮結果論に過ぎない。
あともっと重大なことに、本当にその人が運命の人かどうかって死ぬ時じゃないと分からないと思うんですよ。ちょっとロマンチックな言い方をしますが、死の直前にやっぱり君が運命の人だったと言える結婚生活や人生はとても尊いものだと思います。
まとめると、運命というのは所詮確率で算出される結果論
- 確率論
- 運命、死ぬ間際じゃないと分からない説
なんやかんや言っても僕が結婚したい人

まあ最後にここまで結婚について懐疑的な僕ですが、結婚願望は実はあります。
ファミリーカーも持ちたくないし、一軒家も買いたくないし式も別に興味ありません。
ただ、年を老いた姿を見たいと思える人。チームを作りたいと思える人。と巡り会えたら結婚したいと思います。まあ残念ながら僕の運命の人の運命の人が僕であるとは限らないんですが。
そう考えると、お互いを運命の人だと思える時点でそれはやはり運命の相手なのかもしれませんね。