【炎上覚悟】僕がLGBTQに偏見を抱かない理由【当事者ではない】

人間

今回は、ある程度多くの方から「理解されないだろうな」とは思いつつも、実際にずーっと自分の中にあるモヤモヤを解消するためにあえてブログにしてみました。

もちろん、僕は当事者ではありません。で、当事者の方から

LGBTQという括りで私たちを見ている時点で偏見を抱いている証拠です。

と仮に言われたら返す言葉はありません。

ただ僕は「偏見」のためではなく、単に便宜上使っているだけです。

ブロガーの皆さん

のブロガーと同じテンションで使っています。

さて、本編を始める前に自己紹介させてください。和久井港(@misanwakui)です。

この記事について何かご意見や感想がありましたらぜひTwitterの方でリプライをもらえると嬉しいです。

初めてLGBTQの方を見た時に安心感を覚えた

僕は2018年から2019年の末までフィリピン・セブ島に住んでいました。

2017年には留学で訪れてもいます。

初めて僕がLGBTQの方を見たのはセブ島だったと思います。もちろん、それ以前から日本でもTVなどでオネエ系タレントとか、そのほか男の娘のようなTwitterアカウントを見なかったわけではありません。

ただ、普通に社会に溶け込んでいる、女性の格好をした男性に対面してお話をしたのはその時が初めてでした。

僕は、正直疑っていました。嘘だ、と。

ネタに違いないと。ただ、留学先の先生に聞いたところによると、どうやら本当のようで、しかも学校にもゲイの先生はたくさんいるとのことでした。

驚きも、めっちゃありました。でもそれ以上に、妙な安心感を覚えていた感覚があるんです。

人間の「内側」は医者でも見ることは出来ない

臓器を見ることも、人の態度や表情を見ることは出来ます。

でも何を考えているのか、どう感じているのか。

これらは医者でも見ることは出来ません。

だから多分、僕の「安心感」を見える人はいないはずです。だからそれを否定できる人もいないはずです。

なのでちょっと生々しく言うと、僕は「マイノリティ」と呼ばれる人種に初めて出会って、やっと自分が認められたような気がした。という感じです。

言葉に出来ない疎外感を感じて生きている

僕だけではないのかもしれません。

もしかしたら多くの人が感じていることなのかもしれませんが、僕は割と子供の頃から、言葉に出来ない「疎外感」を感じながら暮らしています。

その疎外感は、まるで地球上で自分だけが浮いているような、絶対に他の人とは溶け合えないような、特殊な存在であるというメタ認知のような感覚です。

LGBTQの方を見て、実際に話をして、社会でその特異な存在が認められている光景を目にして、僕は、なんとなく、

ここでなら自分も認められるのではないか。

と感じました。だからセブ島が気に入ってしまったのかもしれません。

もちろんセブ島が好きな理由はそれだけではないです。いろいろありますし、もしかしたらそんなことは思っておらず、今、口から出任せを言っている可能性だってあります。

でも、なぜだか安心感を覚えたのは事実です。

ゲイの方に告白されても付き合うことはない

実際にセブ島に住んでいると、普通にLGBTの方がいます。

友達になることも当然あります。で、中には告白してくる方もいます。

僕は当然ながら恋愛は出来ません。

僕は女性が大好きです。

女性の格好をしている男性のことを好きになることはありません。

だから、僕自身がLGBTQで、そのために安心感を覚えたとか、シンパシーを感じたというわけではないようなのです。

性別の意味が分からなくなる美女はいる

実際、相当の数のゲイがいます。

日本ではほぼ見かけませんが、レディボーイという見た目が完全な女性のゲイ(中にはトランスジェンダーもいる)という方々がいるのですが、本当に綺麗すぎて見分けがつかない場合もあります。

マッチングサイトを始めると、大体の日本人男性がレディボーイとマッチし、大喜びで会いに行くことになります。

僕は見抜きのプロで、0.02秒あれば見抜くことも出来るのですが、まあそんな話はさておき、性別の意味ってなんだろうって思うことはよくありました。

確かにいくら性転換していても妊娠は出来ないでしょうし、ナチュラルボーン女性ではありません。

生物学的な性別の壁はそこにはありますし、”感じる”というより、”認める”ことが出来ると思います。

ただ肉体的な、より表皮的な意味でいえば、性別を超越した存在というか、「概念」に支配されている自分たちが阿呆に思えてきます。

概念を生み出した人間が、概念に支配されている現状。

そういったthingsを考えざるを得ない国、場所でした。僕にとってセブは。

僕がLGBTQに偏見を抱かない理由

まとめるのが難しいのですが、性別という概念を超えた「人間理解」の渇望とも言えますし、概念に支配された地球での生きづらさを感じる彼らにシンパシーを感じるからとも言えますし、知的好奇心とも言えます。

ただ、んー

僕はマイノリティでなくても理解できていないと思っています、人間を。

仮にそれがLGBTQではなく、何かしらの障害を持つ人だとしましょう。

外見にその特異性があれば僕らはそれに気付けます。

でもなければ、気付くことは出来ませんよね。

要するに、人は同じような姿形をしている、生物学的に同じヒト科に分類されているだけの違った生き物であるということです。

まとめ:人間とは何か

最終的に、人間が解明しなければいけない問題は

「人間とは何か」

という問題だと思います。

それが解明されない限り、多分人間は人間でい続けるでしょうし、人間は当分今と同じような人間社会を築いて滅びてを繰り返すのだと思います。

例えば、LGBTで悩んでいる当事者の方、ぜひ一度海外に出てみるといいかもしれません。

新型コロナウイルスが目立たなくなった頃にセブ島に行くことをおすすめします。

以上、読了ありがとうございました。