【祝24歳】誕生日だからこれまでの謝罪と感謝を述べます

こんにちは!9月26日は僕の24回目の誕生日でした。

多くの方にお祝いしていただいて、食事会のようなものにも招待していただいて、ケーキまでいただいたりして、本当に嬉しかったです。

中でも嬉しかったのは、僕が敬愛するおじさん(セブ島の語学学校Four Wordのマネージャーさん)からのLINEでした。

実は僕はこの方(便宜上Kさんと呼ぶことにします)は、僕が一文無しになった挙句、無賃インターンをやっていた語学学校のマネージャーでもあるんです。

「コイツ、頭おかしいんか。」

彼のことをよく知らない人は皆こう言います。そして、結構オフィスでも嫌われてます。w

僕も幾度となく彼と衝突というか、僕がキレたりしてただけですが、インターンの身分にも関わらず出社を拒否して、その後2~3時間かけて論破されたり、僕が成田行きの飛行機に搭乗する1時間前まで一緒に仕事をしたり、僕がKさんに夜中まで手伝ってもらってオフィススタッフ全員分の仕事を終わらせてみたり、いろいろしましたし、いろいろありました。

実は僕がセブ島にいる理由は彼です。まだまだ若く、就職したこともない僕にとって彼は初めての上司でした。そして彼が僕にとっては人生で最後の上司でもあります。

そんなKさんからのLINEの内容が以下のようなものでした。

誕生日おめでとう!これで好きな本でも買って読んでくれ!

そのメッセージには、Amazonのギフト券3,000円分が付されていました。

これまでに24年誕生日おめでとうと言われてきて、確かに全部嬉しかったです。でもなんか、この1年くらい彼と一緒に仕事をして、結構本気で説教されたり、僕の寝坊をかばってくれたり。そんなKさんからのLINEには胸を打たれました。

と、まあお涙頂戴的な話はここまでにして、24年間分の感謝と謝罪を関係者の皆様に伝えたいと思います。今回はSEO完全無視の内向きな記事です。

いつも読んでくださっている皆様も、読み物として楽しみながら読んでいただけるとありがたく思います。

家族の皆さま

家族の皆さま、いつも本当にありがとうございます。僕が起業してから、本当に滅多に会えなくなりました。昨年の6月、僕が日本を去るとき、母親が号泣していたのを今でも覚えています。

その前年には、僕が初めて留学すると言って空港で見送ってもらった時は姉ちゃんが号泣していました。

僕は基本的にクズです。本当に、これまで大変なご迷惑と苦労をおかけしました。それなのにいつも「おかえり」と言ってくれてありがとう。

それから親父、本当に訳のわからん息子ですまねえ!

みんな、いつもありがとうございます。本当に。本当にやばいガキだったと思うんだよ、俺は。なのにいつも味方でいてくれてありがとう。

お仕事関係者の皆さま

皆さまにもいつもお世話になりっぱなしです。

誕生日だからこそ、改めて自分のことを俯瞰してみたところ、皆さまの支えがなければ僕は今頃、地元とかで工場作業員をしていたと思います。

オフィスの皆さま

いつも遅刻してごめんなさい!

態度がひたすらでかくてごめんなさい!

話が長くてごめんなさい!

だけど話を聞いてくれてありがとう。反論してくれてありがとう。注意してくれてありがとう。

近年稀に見る変人かもしれないけど、俺は。これからもよろしくお願いいたします!

Pixelの皆さま

いつも本当にありがとうございます。

生まれて初めて、他人が撮ったプロモーションビデオで泣いた!

まあ、まだまだこれからだし、俺の中では始まってもないけど、実現したい世界のために楽しく仕事しよう。

俺はお前と、和久井と仕事がしたい。

そう言ってくれた時、嬉しかったし、俺も同じ気持ちです。

親愛なる元彼女さま

この前、女と別れた話を聞いてくれてありがとう!

「彼氏、和久井のこと嫌ってないよ」

とか

「家族で和久井のYouTube見てたよ」

とか

そんな話を聞いて、おこがましいことは分かりきってるんだけど安心した。

正直、本当に謝りたいことだらけだ。それからありがとうと言いたいことだらけだ。

お前だけじゃなくて、ご家族にも。本当に申し訳ないです。本当にごめんなさい。

でもいつも救ってくれたことを感謝してる。お前がいなかったら俺は玉川上水で自殺してたはずだし、お前がいなかったら今みたいに頑張って仕事してなかったと思う。

本当にありがとう。感謝してもしきれない。俺が言うべきことでもないし、どの面でどの立場で言うのか、よく分からないけど、幸せになってくれたら本当に嬉しいです。

24年間生きてきて思うことは、人生変えるのってめっちゃ簡単だよね。

僕、1年前はもう社長でした。これ僕も本当に社長と名乗るの恥ずかしいんですけど、でも事実として社長なんですよね。

で、昨年の誕生日は1人でずーっと仕事をしていました。LINEもほとんど来ませんでした。今年はすごかったです。上述した通り、本当に「ザ・バースデー」という誕生日を迎えました。

昨年の僕がこんなことを想像できたか。いやできませんでした。本当に出来ませんでした。だけど、はっきり言います。

僕は1年間結構頑張りました。

もう会社が倒産したら転職しないといけない。その時に僕の経歴ではなく、僕のスキルで入社出来ないといけない。

だから頑張りました。もちろん、めっちゃ多くの人に助けてもらいました。実力よりも助けの方が多かったです。そして、僕を助けてくれた人たちもみんな普通じゃない感じで頑張っている人たちです。

これは間違いないと思いますので言います。頑張ってる人には頑張ってる人と出会うチャンスがいくらでもあります。

話を変えます。17歳の僕は偏差値45の高校を中退した田舎のバカでした。でも18歳の僕は、必死になって赤本を解くガリ勉受験生でした。そして19歳の僕は、一応ちゃんとした、多分辞めた高校の生徒では入学できないような大学の大学生でした。

人生は1年あれば変えられます。失うものは非常に多いです。

失ったものを数えればキリがないと思います。でも、僕は全て失っても手に入れたい利益(結果)のためだけに生きてきました。そしたら、人生変えるのなんて本当に余裕でした。

今、頑張れない人。生きてて楽しくない人。何をやればいいか分からない人。

たくさんいると思います。社会は謎ルールで溢れています。それは言い方を変えれば、「常識」です。

誰が何の為に決めたのかもよく分からない常識で溢れかえっています。そんな世の中にいて、常識とは逸れたことをするのはとてもこわいことだと思います。

常識にしたがって生きている人はとてもたくさんいます。

だけど実は、常識が全く通用しない世界で生きている人もたくさんいるんです。孤独になるのはこわいかもしれません。だけど、飛び込んだ先にはまた自分に似た境遇とか、同じような結果を求めて生きているたくさん人がいます。

しばらくは孤独です。当然。でも、その孤独は、耐え忍ぶ価値がある孤独です。

僕がそうだったからそう言うわけではありません。事実としてそうだから、そう言っています。何をしたって、どう生きたって、あなたが何になったって、必ず理解者は現れます。

僕はそう生きていきたいし、まだまだ謎ルールから解き放たれなければいけません。

高校中退してお笑い芸人になって、その後大学生になって中退して起業した僕が言うので間違いありません。こんな複雑かつ面白すぎる経歴の24歳はそうそういません。でも、理解してくれる人はいます。

いると思ってるだけかもしれないけど、それはそちらの世界でも同じです。

和久井港の今後

和久井港は、日本に帰ります。

12月に日本に帰ります。

日本に帰って、新しいビジネスを作ります。

実は昔から決めていることがあって、25歳になっても思うような結果を出せなかったらもう起業家でいることはやめる。資格でも取って、就職して独立する。

そのほうが良い。そう思っています。

来年9月26日の僕がどうするのかは分かりません。

最後に

大学を卒業して就職して結婚して子供できて、家を買って、犬なんかも飼い始めたりして。

そんな暮らしはできない!

願わくば僕もそう生きたかったのですが、どこからともなく使命を授けられて、その為に生きています。

その使命によれば、僕は家族も犬も家も車も、そんなものより成し遂げなければいけないらしいです。まあ結果、どうなるかは知りませんが。

僕には使命があります。多くの人には理解できないと思います。でも僕はその為に生きています。よろしくお願いします。

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ABOUTこの記事をかいた人

初めまして、和久井大学(通称:UMW)学長の和久井港です。UMWは、2019年に開設され、3学部3学科から構成される人文社会科学系の総合大学です。在籍する学生数からすればそれほど規模の大きな大学ではありませんが、文芸・経済・社会学の分野で優れた人材を輩出している格式高い大学です。これからも当校では、「剛毅木訥」「独立自尊」「臥薪嘗胆」の心を持つ人間を育む為に弛まぬ努力を続けて参ります。