【仕事やめたい】ニートになれない人間、一生幸せになれない説

こんにちは、和久井大学(通称:UMW)学長の和久井港(@misanwakui)です。

当記事では、主にニートになることの良し悪しについて語ってまいります。

私の考え方を140字以内で説明すると以下のTweetのようになります。

起業する人って、たぶんニートにもなれると思うんだよね。

ニートになれない人って、たぶん一生幸せになれないだろうなって思う。

ニートになることを推進する人はあまり多く見かけませんが、ニートになるにはニートになろうがならまいが他人の知ったことではないというマインドセットも大切になってきます。その辺についても触れていきます。

ニートには二種類いる仮説

ニートというと、働ける体も時間もあるのに働かずにふらふらしているゴミ人間をイメージする人が多いと思います。実際に、私がニートをイメージする時はそんな感じです。

それから、今となっては23歳で会社経営者という肩書きを手に入れている私ですが、20歳そこそこの時は紛れもないニートでした。

当時付き合っていた彼女の家に転がり込んで、学校に行っているふりをして近所の本屋で好きな本を立ち読みしてはマクドナルドに行き、一番安いハンバーガーを食べるという生活をしていました。

夜になると彼女が帰ってくるので、まともな物を食べさせてもらっていました。

そんな私が今だから言える。ニートには二種類いるんじゃないか仮説をここではお話します。

自分の人生を考えるためにニートになる

まず第一種ニートがこちらです。

結果論として、自分はこのタイプだったと思います。結果として、「起業する、起業する」と言って本当に起業したので、まあ結果論としてはこっちかなという程度です。

で、このタイプは基本的に、いわゆる普通に生きている人よりも実は真面目なケースが多いです。圧倒的少数派ではありますが、私的にはこっちの人の方がまともなんじゃないかとさえ思います。

というのも、或る年齢になったからとか、大学を卒業したからという根拠のない区切りで流されるように次に進むのではなく、主体的に自分は何をし、どうなりたいのかを考えている人だからです。

特にエセインテリニート(ひろゆきやホリエモンに憧れている低学歴)に多そうですが、理論武装で就職を促す人を論破しようとする人は、こっちの第1種と思われがちですが、次に話す第二種ニートに分類されると個人的には思っています。

現実から逃亡するためにニートになる

こちらが第二種ニートです。

圧倒的多数のニートはこちらに分類されると思っています。結局何をしたいとか、何が良くないとか世の中の不平不満ばかりを述べています。

基本的にはひろゆきやホリエモンが言ってることをパクっているだけですが、周りにいる人はリテラシーが低い人が多いため、頭いいキャラ(キリっ)で通用しています。

実際は、自分では何もできないし、彼らの言葉を借りる以外に他人と渡り合っていく術を持たない人が多いです。

他人を自分と区別できない一種の妄想性障害のようにも見えますし、ただの妄想癖の人間とも見えます。実際、一番手をつけられないのはこのパターンです。

以降は第1種ニートを基準に話を進めていきます。

人生の目的は幸せになること仮説

少し雑かもしれませんが、人間の人生の意味は「幸せになること」だと私は考えています。幸せは個人によって異なりますが、基本的には幸せになることが人生の目的であると信じて疑いません。

で、ニートになることが幸せならそれはそれでいいと思います。否定することは出来ないし、人の幸せを他人が決める物でもありません。そういう人は一旦置いておいて話を進めます。

なぜ生まれたのかを考える

人間はなぜ生まれるのだろうか。なぜ生まれたのだろうか。というところから考え始めます。

親が性行為をしたからだ。

という回答が多くなるような気がしますが、ここにもっといろんなストーリー性を持たせることも人生をより豊かなものにする方法かなと私は考えています。

具体的には、自分は次の世代に自分の意志を伝えるために生まれてきたんじゃないか仮説というものを持っています。

これが人生のミッションやビジョンに繋がるわけです。

なぜ生きるのかを考える

次になぜ生きるのかを考えます。

幸せになるためだと先ほど言いました。ではどうすれば自分は幸せ何だろうか・・・と考えた時に、なぜ生まれたのかの答えが当てはめられます。

次世代に自分の意志を伝達出来たら自分は幸せなのではないか仮説です。

自分として地球上に存在する意味について考える

最終的に浮かび上がってくる「自分として地球上に存在する意味」は、次世代に自分の意志を伝えるために生まれ、そのミッションが完遂すれば自分も生きていて幸せやんと思える訳で、だからそうなるために生きる(存在している)。

という結論に達します。自分はこのような結論に達しました。

よく「壮大だね」と言われますが、自分でも壮大だと思っています。ただ、これくらい壮大なことを考えないと人生はあまりにも暇すぎてやることがないように思えますね。

一番不幸なことは、立ち止まることも出来ずに低速で走り続けること仮説

生きる目的が幸せになることであるのに対して、生きる上でもっとも不幸なこととは何だろうか。

私はこう考えています。

一番不幸なことは、立ち止まることも出来ずに低速で走り続けることなんじゃないか仮説

立ち止まって燃料を満タンにするわけでも、これからの進路を考えるわけでもなく、ただ目的もなく低速でずっと走り続ける、むしろさまよい続けることが一番不幸なのではないでしょうか。

どこかで力尽きた時には、特に行きたかった訳でもない所にたどり着く訳で、多分きっと周りも同じように力なくさまよい続ける人しかいないんだろうな、と。

地獄絵図とはこれのことなのではないかと思いっています。

あなたが仕事をやめられない理由

続いて、あなたがニートになるにはまず仕事をやめなければなりませんが、なぜあなたは仕事をやめることが出来ないのか。

仕事を辞めれば幸せになれるはずだと思っているにも関わらずやめられないのか、辞めた後のことが不安なのかはさておき、ここではまずあなたが仕事を辞められない理由を2つの説でまとめています。

自分の人生を生きていない仮説

自分の体感や経験則ですが、就職したくて就職した人はほぼいません。

90%以上の同級生や先輩後輩が、とりあえず然るべき年齢になったからという理由で就職をしています。

これって、あなたの人生なのだろうか。と私は考えます。ちなみに、私は一度も就職したことがありませんし、生涯するつもりもありません。

何を持ってオリジナリティーとするのかは個人の勝手ですが、私は先ほど考えた「自分が生きる意味」をベースに考えるのがオリジナルな生き方かなと思っています。

つまり、自分が生きる意味や存在理由に対して就職がマッチしていないのであれば、就職などする必要がないはずで、ところが、多くの人がしている。

それは多分きっと、自分が自分として生きる意味も生まれた意味も考えていないからで、結局、量産型というか、別に極端な話、電車の中で横の人と取り違えたってほとんど中身は変わらない人間ということですよね。

極端な話ですが、多分同じような経歴で、同じような思考方法で、同じようなことを呟きながら生きていますよね。

それって、あなた(自分)として生まれた意味あるの?と私は思ってしまいます。

当面の生活費もない仮説

あと一つは、生活費がなくて仕事を辞められない人です。

これはズバリ、やめるべきです。

借金は人生を少し早送りするだけのことで、実際、同じ額貯めるまでにすることと、借りた時にすることってそんなに大差ないと思いますよ。

私は起業する時借金していますが、仮に借金しなかったとしても自分で稼ぐお金は全て事業に投資していましたから。

仕事を辞めた後の世界を想像してみて

いよいよ最後です。

仕事を辞めた後の世界を想像してみてください。

誰からも相手にされない世界が見えると思います。

でもそれは自分がずっと同じ場所に佇んでいるからではないですか?

一度立ち止まった後にまた走り出せば、また次の景色が見えてくるはずです。

そもそも、仕事を始める前は、仕事をしていなかった訳ですから。

まとめ

まずは孤独と自由を思う存分味わうのも悪くないんじゃないか仮説です。

人生を慎重に生きるのは悪いことではないです。でも、慎重に生き過ぎて他人の言葉や考えを切り貼りしたような生き方になっては、慎重に生きている意味がないような気がします。

本当に慎重に生きようと思うのなら、他人や世間の言うことではなくて、自分の思う通りに生きた方がいいです。

人生の最大のリスクは、後悔だと私は考えているからです。

2 件のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    初めまして、和久井大学(通称:UMW)学長の和久井港です。UMWは、2019年に開設され、3学部3学科から構成される人文社会科学系の総合大学です。在籍する学生数からすればそれほど規模の大きな大学ではありませんが、文芸・経済・社会学の分野で優れた人材を輩出している格式高い大学です。これからも当校では、「剛毅木訥」「独立自尊」「臥薪嘗胆」の心を持つ人間を育む為に弛まぬ努力を続けて参ります。